誰も真似したいとは思わない世界 | 最近出会ったとある女性のこと(4)

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最近出会ったとある女性のこと(4)

前回までの3回に渡ってとある女性とのある日のやりとりを記述したが、彼女と上手くいかなかった理由はどこにあるのだろうか。

この点をよく考えておくことは今後のためにも重要である。

単純に「彼女が金目当てだったから」とか「任天堂3DSを要求してきたから」とだけ結論づけてしまってはならない。

単にその点だけが問題なのであれば、3DSを買ってあげるという解決法もあったはずである。

そもそも私はそれほど「彼女が悪い!」と考えているわけではない。

そうしなかったのはなぜかという点を考えておく必要がある。

私はこの原因は「尽くす」ということの理解の差にあったと考えている。

思うに、デートなどで「尽くす」というのは、我侭を聞いてあげる的な「精神的奉仕」と欲しい物を買ってあげる、デート代を払う的な「金銭的奉仕」という両面があると考えられる。

私を含む多くの人にとってこの「精神的奉仕」と「金銭的奉仕」は無制限に行われるものではない。

「精神的奉仕」と「金銭的奉仕」については一定の上限値があり、上限を超えた場合はもう一方の側の奉仕を減らす事を求めるわけである。

(もちろんどちらか一方が限界値を超えた段階で見切りをつける方も多いと思う。むしろこちらが多数派だろうか?)

例えば、相手から通常(自らがデート等で当然行うものと考えている「負担」)レベル以上の「金銭的奉仕」を要求される場合は「精神的奉仕」の量を減らし、相手方にそれを引き受ける事(多少の我侭を聞いてもらうなど)を相手に求めるのであり(要するに誠意を見せろということ)、逆に私に通常以上の「精神的奉仕」を求める場合は直接金銭を要求することはないにしても負担額を見直すということくらいはあり得るかもしれない(私ならこの場合は全額負担はあり得ない)。

つまり「精神的奉仕」と「金銭的奉仕」は愛情に比例して一定の数値までは増加していくのだろうが、ある一定の数値まで行くとそこで頭打ちになり、その後は「精神的奉仕」と「金銭的奉仕」の割合の組み換えがおこるだけであると思うのある。

したがって私の場合、マンションとか車になると「精神的奉仕」の数値をゼロにしてもカバーできない金額となり、買うという選択肢はないということになる。

しかし今回買って欲しいと言われたのはマンションや車ではなく任天堂3DSであるから、「精神的奉仕」の度合いを下げれば買ってあげる可能性は十分あった。

ではなぜ買わなかったのか。

それは私と彼女が考える「尽くす」に含まれる「金銭的奉仕」と「精神的奉仕」の限界値があまりに違いすぎたということが大きな原因であった。

私の場合、任天堂3DSを買うことは付き合っていて誕生日や何らかの記念日にプレゼントとしてあげるならともかく、付き合ってもおらずしかもまだ2回しか会ったことがない彼女に無条件でそれを買ってあげる気にはならなかった。

今回のケースでは、私の中で食事代や飲み代、ホテル代を払うことは「金銭的奉仕」に含まれていたが、任天堂3DSを買ってあげることは「金銭的奉仕」の限界をこえていたわけであり、その要求をかなえるためには彼女の「精神的奉仕」指数を増やしてもらう必要があった。

しかし、彼女から言わせれば私の「尽くす」行為は上限値になど全く達しておらず、まだまだ余裕があったのだろう。

もちろんご馳走してもらって感謝の言葉1つないといった人間性の面を問題視することはできようが、彼女の立場からすれば、まだ私になにか通常以上の「尽くす」行為をする必要性はそれほどなかったのだと思う。

ただし、彼女が何もしなかったと解することができるかは微妙なところで、例えば彼女の立場からすれば「手作りの和菓子を持参する」という行為が「尽くす」行為に該当すると解することができるかもしれない。

しかし、私にとってはこの行為は手作りで多少の工夫がみられるとはいえ、仕事の合間に1箱余分につくるというものであったから、純粋に「精神的奉仕」とは考えられなかったし、むしろ物質的(「金銭的」というのは若干不適当な気がするので・・・)な「尽くす」行為のように思えた。

その場合、私が任天堂3DSという金銭的奉仕に対して求める精神的奉仕の要件を満たしておらず、それこそ食事代、飲み代の金銭的奉仕に対する不満を和らげるような効果は果たしたかもしれないが、任天堂3DSの対価とまでは到底評価できるものではなかったのである。

あるいは彼女が私のような人間とホテルへ行った事を「精神的奉仕」と解することもできるかもしれない。

しかしこれはもはや援助交際の次元の話であり、私にはそのような契約関係になる意思は全くない以上、これを対価とすることは正直あり得ないはなしである。

この両者の認識の違いがそう簡単に埋まるはずがない。

そう考えると、今回彼女との関係構築に失敗したのはどちらか一方の不手際というよりは、むしろ必然のなりゆきだった気がするのである。


(おわり)


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